過去から未来へ、家族のつながりを形にします。

わが家の家系図

 

 

私の姓である「安部姓」は、私の住んでいる大分県には多く存在する姓で、私の生家の近くにも、同性の人がたくさんいました。

 

私が子供の頃、近隣の安部姓の人たちが集まって「先祖祭り」というものをしていました。
していましたといっても、親がそんな話をしているのを耳にしただけであり、子どもの私には、どんなことをやっているのかもわからなかったし、尋ねるほどの興味もありませんでした。

 

おそらく、ご近所の「安部さん」たちの元を辿っていけば、共通の先祖に行き着くということなんでしょうが。
これら安部さんたちの共通のご先祖がいったい誰なのか、そもそも誰であるかを判っていたのか、今となっては聞ける人もいません。

 

 

私の父や祖父は、曾祖父やその親がどんな人だったのか、さらにはそれより前の先祖はどんな人だったのか、話をしてくれたことはなかったし、私から聞くこともありませんでした。

 

祖父が亡くなり、父も亡くなってはじめて、ご先祖の話を聞かなかったことを悔やみました。
聞いていれば、子どもにも話してやることができたのですが。

 

 

行政書士という仕事を始めて、実際に自分の家の家系図を作ってみて視界が開けました。
初めて知った先祖の名前、たくさんの親族のつながり。
出来上がった家系図を眺めていると、想像が膨らみます。

 

もちろん、先祖がどんな人柄でどんな生涯を送ったのかまでわかるわけではありませんが。
祖父や祖母や父から聞けなかったことを語りかけてくれる気がします。

 

 

実は、私の祖父と祖母がいとこ同士だったことを、戸籍を調べて初めて知りました。

 

戸籍調査で名前の分かった最も古い祖先は、私より6代前の人物です。
この人物の生年月日はわかりませんが、その長男(私の高祖父の父に当たる人)は文政2年(1819年)生まれの人でした。

 

今からおよそ二百年前の先祖まで遡れたことになります。
ただ、全てのケースでここまで遡れるわけではありません。

 

 

戸籍法では、戸籍簿に記載された人が誰もいなくなって除籍簿となってから150年間の保存義務があります。
しかしながら、戸籍法の改正される2010年以前は、80年間の保存期間でした。
したがって、1930年(昭和5年)以前の除籍簿は、市町村によっては廃棄されている可能性があります。

 

今後も、保存期間を過ぎたものは廃棄されていく可能性があるので、家系図を作るなら早いにこしたことはありません。

 

 

家系図は命のつながりを想像させてくれます。
自分に命を与えてくれたたくさんの命が感じられます。

 

しっかり生きなければという思いにさせられます。

 


 
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